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今日は退職記念日 

昭和63年の11月30日、私は勤めていた会社を辞めた。
入社して3年と8ヶ月。

私が勤めていた会社は、主にアパレル関係の会社に対して付属品を販売したり、二次加工を請け負ったりするのが中心の業務だった。
アパレルの付属品といっても何のことかぴんと来ないと思う。
私も会社に入って何ヶ月かはいったいここの会社は何をしている会社なのだろうと不思議に思っていた。
最もわかりやすいのは、服や雑貨を買うとついている下げ札(タグ)やブランド名を表示した衿部分についている織りネームという奴である。
そんな風にいうとかなりしょぼいイメージがあるが、カジュアル系のブランドやデニムにはかなりたいそうな付属品がついていたりするし、ヒップラベルやフラッシャーなどになると完全に商品の顔となる部分なので、結構大事であったりする。

それだけではもうからないし、おもしろくもないので、私は積極的に二次加工の仕事を担当した。
二次加工といっても、これまた何のことやらという感じだろう。
わかりやすくいえば服に施してある刺繍やプリントのことだ。
Tシャツなどカジュアル系のブランドではこの二次加工が商品の売れ行きを左右する。
刺繍の柄やプリントの柄で服を選ぶことが多い若者のブランドではなおさらだ。

私はそういうものを大阪や神戸のブランドに対してデザインや二次加工のテクニックを提案していた。

いろいろあって、その会社を辞め、フリーのデザイナーとしてスタートしたわけであるが、その3年半ほどの間に様々なことを勉強した。
アパレルというビジネス、二次加工のこと、付属のことはもちろん、印刷の工程や仕組み、ブランドという概念もそうだ。

おそらくそのときの知識やノウハウがなかったら、もっとフリーになってから苦労したに違いない。
一般的なグラフィックデザインだけではないうちの業務の源はこの時期に学んだことだ。

営業と企画の確執や、経営陣に対する不満、仕事内容にないする欲望、遊ぶ金ほしさ、実にいろいろな条件が重なって、とうとう退職するにいたったのである。

当時24歳。現在48歳。
私の人生の丁度中間に起こった劇的な変化である。

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筆で文字を書く 

筆文字

昔から私は書道が好きで、筆で文字を書くということに多少の自信を持っている。
仕事でも時々筆文字が必要になる場面があるので、そんなときはここぞとばかりに喜んで書きまくっている。

でも書道の経歴は小学校4年生の時に取った3級のみだ。

私が通っていた書道教室は少し変わっていて、級を決めるときはそこの老先生が、いきなり練習していた半紙に「○級!」と大きな朱色の文字を書くといういたっておおざっぱなものだった。
級や段位の基準というものは完全にその老先生個人だ。

また、その先生は反対側から見本を書くという特技をもっていて、どんな難しい行書でも自分が座っている反対側から見事に見本を書いて見せた。

いまさら自分でいうのも何だが、私はけっこう字がうまい。

それは小学校の時から自負していたので、書道教室に入ったときも自信満々で練習にかよった。
その甲斐あって、たった1ヶ月半のうちに10級から3級になった。

よし、これなら小学校の間に1級も夢ではないぞ!と、張り切ったのもつかの間。
その老先生が急死した。

おかげで私の書道歴はたった1ヶ月半という短い期間と3級という中途半端なところでストップしている。

いつかちゃんとした段位を取ってみたいと思うのだが、なかなか忙しいということを言い訳に踏み切ることができていない。

ん・・・・・、「書道5段」。そんな響きにあこがれて、50の手習いといってみますか・・・・・。

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絵手紙 

絵手紙
もうかれこれ7~8年前に工芸離世さんから発売された絵手紙です。
12ヶ月分の絵を私が描かせていただきました。
自分の描いた絵がこのような形で発売されるとは夢にも思っていませんでしたので、完成品を見たときは喜びもひとしおでした。
中でも真ん中の如月用に書いた豆まきの鬼が自分では気に入っています。

私はインテリアデザイン科の出身ですので、特別日本画や版画の教育は受けていません。
ただ、元々絵を描くこと自体が好きだったもので、現在もデザインや企画の仕事をメインにこなしつつ、イラストの仕事もさせていただいています。

ですから描き方は全くの我流。
こういうものに本筋の描き方があるのかどうか知りませんが、私なりの描き方を気に入っていただいたようで、うれしい限りです。
もっとこの手の絵をたくさん描いて、いずれ大作を仕上げてみたいと思っていますが、なかなか時間がなく、実現できていません。

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23年目に突入しました。 

今日、独立して23年目に突入しました。
24歳の11月30日に前職を退職し、翌日フリーのデザイナーとして出発しました。
はじめは、自分の部屋の6畳間がオフィスでした。机、書棚、ステレオ、ベッド、コピー機、ストーブ、これだけのものがたった6畳の部屋に所狭しと置かれていました。
もちろんそんなところにお客さんなど来てもらえるわけもなく、もっぱら私が先方に出向くというパターンです。
しかも、当時は車を売ってしまった後で、仕方なしにベスパに乗って打ち合わせや納品にいったものです。

もちろん当時はまだ携帯電話というものは普及しておらず、留守番電話もなかった私の家の電話番はあてにならない私の祖母です。まったく伝言など当てにならず、かなり苦労したものです。

当然まだ100%アナログの時代ですから、狭い部屋には紙やボード、絵の具、マーカーといった画材が山積みで、まったく足の踏み場もない状態でした。

おまけにボーナス前にやめてしまったため、ボーナス一括で買ってしまったステレオのローンは残るは、何でもかんでも自分でしなければいけませんから時間は足りないわで、あっという間に年末を迎えた記憶があります。

その頃から思えば今は本当に恵まれています。
それなりに広い事務所にもいますし、スタッフも全部あわせれば10人にもなりました。
仕事もデジタルに移行し、スプレーノリやエアーブラシの悪い空気に悩まされることもありません。

ただ、こんな状況にどっぷりつかっていては次の進化がありませんから、いつまでも独立当時を思い出して自分をふるいたたせてゆかなければ・・・と、心新たに誓う老兵でした。

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46歳になりました。 

佐藤錦2

とうとう46歳になりました。
といっても45歳と何が違うのかよくわかりませんが。
私には変な癖があって、自分の年齢を実際よりも一つ多い目にいってしまうことがあります。
なぜかはよくわかりませんが、たぶん新年が明けたときに今年は○○歳になるんだ・・・と変に意気込みが強いために、その時点でもう本当の誕生日である6月を待たずしてその年齢になったように思いこんでしまい、実際の誕生日を迎えるとさらに一つ年をとったと勘違いするのではないかと思います。

実際、独立して事務所をつくった24歳の時も、周りにはずっと25歳ですと言い切っていました。たまたま同席した同い年の友人が横から「24やろ・・・。」と不安げにつっこんできたのを懐かしく思います。

今年の誕生日には事務所のスタッフが、果物好きの私にと佐藤錦をひと箱プレゼントしてくれました。
私は無類の果物好きで、一昨年の誕生日にはスタッフが私の夢であったメロンの丸かぶりをかなえさせてくれ、今年は私がもっとも好物であるサクランボの最高級品「佐藤錦」をプレゼントしてくれたのです。

佐藤錦1

2段に積まれた赤い宝石を2,3粒づつスタッフにも配り、後はその場で1箱全部を完食。
人生初の佐藤錦一気食いでした。

最近はアメリカ産のアメリカンチェリーではない大粒の日本サクランボのようなものが、スーパーなどで売られていて、これもかなりうまいのですが、やはりブランド品は違います。

至福の時をプレゼントしてくれたスタッフに感謝です。

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