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うらぶれる温泉街 

温泉街

私は温泉へ行くのが好きです。大きな露天風呂にゆっくりつかって、おいしい料理を腹一杯食べ、一杯飲んで気持ちよくなったところでふかふかの布団でごろり。
最高の幸せです。

ただ、最近ちょっと気になるのが温泉街のうらぶれ方です。
慰安旅行や出張先で温泉に泊まると決まって思うのがこのことです。
最近温泉へ行ったことのある人は気づかれていると思いますが、立派な温泉旅館が何軒もあるかと思えば、すぐその横につぶれかけたスナックやおみやげ屋が並んでいたり、もっとひどい場合はある一角がゴーストタウンのようになっていたり。
きっと昔はお客さんがたくさんいて繁盛していたのだろうと思いますが、今では肝試しにピッタリの街並みに変貌しています。
特にこれは北陸や別府、南紀、熱海など古くから有名な温泉街で顕著に見られる光景です。

これもまた今流行の二極化ということでしょう。
ガイドブックに掲載されているような大規模な温泉旅館はいつも宿泊客で賑やかです。なぜならそういった大手は旅館の中にスナックやカラオケ、おみやげ屋、ゲームセンター、BAR、居酒屋、マッサージなどおよそ考えつくものは風俗以外全てそろっていますから、宿泊客が外へわざわざ出て行きません。
その影響でまわりの小さなスナックやおみやげ屋はだんだんと客が遠のきうらぶれてしまうのでしょう。
旅館の方もせっかく泊まりに来てくれた客が外でお金を使うより自分の旅館で使ってくれた方が良いに決まっていますから、あれやこれやと方法を考えます。もともと資本力も人力も違うのですからよほどのことがないとまわりの小さい店は勝ち目がないのです。

ただ、今まで私が行った温泉の中で不思議なくらいまわりの温泉街と大手温泉旅館が共存しているところがありました。
それは、どちらも北海道。登別と阿寒湖温泉です。
この2つは大きな温泉旅館がたくさんあるにもかかわらず、まわりの温泉街にも夜遅くまでたくさん買い物客や飲み歩いている人たちがいて、どの店も活気にあふれていました。

なぜこのような差ができるのかわかりませんが、やっぱり温泉街は夜外へ出て、からんころんと下駄の音を聞きながらみやげもの屋めぐりというのが、私としては情緒があって良いのではないかと思うのですが・・・。
でも、そうはいってもやっぱり大きな旅館で露天風呂の後はカラオケやゲームセンターというのも楽しいなと思ってしまうわけです。

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最近の政策に思う 

政権交代から一定の時間が過ぎ、そろそろ現政権の実力が明らかになってきたようです。

私は特に支持政党がありませんし、この前の選挙でも大きな期待をして民主党を選んだわけではありません。

ただ、政党の違いにかかわらず最近の政策はちょっとちぐはぐに思えてなりません。

たとえば中学生以下の子供がいれば相当額の給付金がもらえるのに、高校生がいる家庭ではその子の分の扶養控除がなくなったり、働く気があるのかないのかわからない人を一律で支援したり、金持ちしかいけない学費の高い私立の学校に私学助成金を出したり。

何か違うように思えてなりません。弱者を救済することは大事なことではありますが、場合によって、あるいは人によってはそれは甘やかしているに過ぎないということも起こりかねません。
弱者を救済するならきっちりと精査して、そういう甘やかしがないようにしないとお金がいくらあっても足りません。
それよりも弱者を生み出さない方法をもっと考えていくべきではないのかなと常々思ってしまいます。

資本主義社会では、格差はどうしても生まれます。ただ、その格差は本人の努力に応じてフェアでなければなりません。がんばった人と怠けた人に格差があってもある意味当然ですし、そのなかで身体の都合や、やむを得ずがんばりたくてもがんばることができない条件の人には救済の方法を用意する・・・・、それが当たり前の姿のように思うのですが。

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変な看板 

看板

なかなかおかしな看板や広告を見かけることがよくあります。
日本語がおかしかったり、ビジュアルが変だったり。

上の写真は滋賀県瀬田の国道1号線沿いにあった変な看板です。
真ん中の緑地に白抜き文字のものがそれ。

これはいったい「お、お弁当」なのか「おお、弁当」なのか、それとも「お、お、弁当」なのか。
ひょっとすると「おお~、弁当」かもしれない。
いや、「OH!弁当」の日本語訳かもしれない・・・・。

妄想は広がるばかりです。
この「おお弁当」という文字は確かに忘れることができないほどのインパクトがあるので、広告としては「してやったり」かもしれないけれど、かんじんの店の名前や連絡先は一切見えてこないという実に奇々怪々な看板です。

だいたいこれを考えた人や制作した看板業者、そこの店の人たちは、この看板を見ておかしいなと思ったり、意見を言ったりしなかったのだろうか。
それとも考えた本人が夜中にこっそり一人で看板を作ったのだろうか。

ん・・・・・・。
考えれば考えるほど奇々怪々である。

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竹久夢二 セノオ楽譜 

セノオ楽譜

先日東京へ行った折に購入した作品ではありませんが、これも「セノオ楽譜」のうちの1つです。初版は大正6年。私の祖父は明治生まれ、祖母は大正4年生まれですから祖父母が幼い頃に一世を風靡した夢二の作品の1つです。

祖父母のことをいろいろと調べるのが今の私のマイブームなのですが、なにぶん祖父母は4人とも他界しているうえ、私の両親も他界していますので、「聞く」ということがもうすでにできません。
ですから、その時代の様々な文化や様子を調べているのですが、夢二の作品を買ったのもその影響かと思います。

この「椿姫」の楽譜の表紙は、第2版をYAHOOのオークションでおとしました。
程度はあまりよくないのですが、この当時のこういった表紙は今のような印刷ではなく、1枚1枚がリトグラフでできていたので、第2版といっても正真正銘の本物です。

これもいずれ額そうしてどこかに飾ろうと思っているのですが、なにぶん夢二の作品に合う場所がなかなかなくて・・・。

いずれ額そうして飾ったときには、またここで紹介します。

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もうひとつ なつかCM 



45歳以上の人ならたぶんご存じのこのCM。40年くらい前は頻繁に関西でもテレビで流れていました。
作詞はなんと野坂昭如。作曲は確か小林亜星という超豪華板。
あの「火垂るの墓」直木賞作家が作詞をして、「北の宿から」でレコード大賞を取った作曲家がつくったCMがこれ。

「4・1・2・6、4・1・2・6、はっきり決めた、ハトヤに決めた・・・。」
なんと叙情的なフレーズか。

さらに驚いたことにこの曲の最新バージョンをYOUTUBEで発見。
驚きの映像とともにどうぞ。

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バンドネオンという楽器を知っていますか? 

バンドネオン

バンドネオンという楽器を知っていますか?
タンゴの好きな方にとっては「知らないわけがない」といううほど有名な楽器ですが、最近の音楽シーンでこの楽器を見かけることはあまりないでしょう。

タンゴの有名なフレーズで「ちゃっ・ちゃっ・ちゃっ・ちゃー・ちゃらららっら」というのを聞いたことのある人はたくさんいると思いますが、あの音を出しているのが実はこの楽器「バンドネオン」です。

よく知らない人はあの音をアコーディオンの音だと思っているようですが、それは間違い。
アコーディオンは鍵盤で音を選んで鳴らしますが、このバンドネオンは写真の白いたくさん並んだボタンで音階を作ります。
しかも、他の楽器のように音階にあわせて鍵盤や弦が並んでいるのとは違い、ばらばらに音階が並んでいるのです。
ですからアコーディオンが弾けるからと行ってバンドネオンを弾けるかというと、それはまったく無理なのです。
蛇腹の部分の働きもアコーディオンに比べてかなりアグレッシブで、音のアクセントや、表情までもこの蛇腹の動きで表さなければなりません。

その演奏方法があまりに難しいことから「悪魔の楽器」といわれるほどで、日本にもプロの演奏家はほんの少ししかいらしゃいません。

ではなぜ、今ここでこの楽器を紹介したか・・・・・。
それはまたいずれ。

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久々になつかCM 



久しぶりになつかしいCMのアップです。
関西人で35歳以上なら間違いなく知っているロシアのお菓子「パルナス」のCMです。
この歌をフルコーラスで歌えるという強者もたくさんいます。

たしか日曜日の朝9時からのアニメ劇場の提供をしていたと思いますが、日曜の朝からなぜこんなに寂しげな曲だったのかと不思議に思います。
子供心になにか重いものがのしかかってくるような気がしていました。

でもこれだけ長い時間がたっても、世間に覚えていてもらえるというのは、なかなか大変なことです。この歌が聞こえてくるだけで「ああ・・・モスクワの味・・・。」と思い出されているのですから。
CMソングとしては名作の1つになるでしょう。

ただ、肝心のお菓子のことが何一つ思い出されないのはちょっと悲しいことですが・・・。

パルナスについての詳しい情報は→http://ja.wikipedia.org/wiki/パルナス製菓

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京都が待ち望むリーダーはどこに 

京都

京都のこの行き当たりばったりでビジョンのない行政を打ち破るにはどうすればいいか。
様々なしがらみや問題を突破するにはどうすればいいか。

これはなかなか難しい問題であって、何かひとつの方策で解決するものではない。
ただ、今のままこの体制を続けても改善することはあり得ない。

それは今のリーダー(市長や知事)が身内の役所上がりであるからではないか。
行政の長が役所仕事の延長でしかないレベルでは大きな変化など望めるわけもなく、未来の京都を市民に想い描かせることなどとうていできない。

東京や大阪は、賛否両論あるだろうが知事や市長というリーダーが住民を自分の想い描く方向へ懸命に引っ張っていこうとしているではないか。
「何かこの人物にかけてみよう」という魅力を持った人物がリ-ダーとしてがんばっている。
大阪の財政難の中での府庁移転問題、激論の中での東京のオリンピック誘致問題、どちらも活気ある2つの都市を象徴する問題だ。

京都のように駅前開発すらろくにできない行政では、いつまでたっても民間の力に頼るほかはない。

こんな無能な行政を打ち破ってくれるリーダーはどこにいるのだろう。
何度も言うが役所の中になどいるはずがない。

この際強烈な個性を持ったタレントでも国政からの鞍替えでもかまわないから、この無能な行政を打ち破ってくれないものか。

民主党でも自民党でもかまわない。
例えば東京の石原慎太郎氏のように国政を見切って東京という街を自分の想い描くビジョンにむけて舵を取ることに視線を向けたように。

めぼしい政治家といえば前原国交相、谷垣自民党総裁、福山衆議院議員あたりか。
タレントでは島田紳助はどうだろう。上岡龍太郎でも良いかも。

そのぐらいの思い切りが有権者にも必要かもしれない。

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竹久夢二について 

竹久夢二「セノオ楽譜」表紙画大全集竹久夢二「セノオ楽譜」表紙画大全集
(2009/08)
竹久 みなみ

商品詳細を見る


わたしは、高校の美術部時代に初めて竹久夢二の作品展に行って以来、あの哀愁に満ちた美人画に魅了され続けています。
どこか愁いを含み、いつも何か悲しいことを抱えていそうな、あの独特の画風にひかれています。

彼の作品は、日本画でもなく、洋画でもなく、挿絵というジャンルを確立したということで大きな意味を持ちますが、それより何より最も重要なことは、「彼は日本の美術史上最も早くに大衆に支持された画家であり、デザイナーであり、詩人であった」ということです。
江戸時代の浮世絵などもそれに該当するかもしれませんが、夢二の場合、自分がどんな絵を描けば大衆が喜ぶかということを常に考え、自分自身をプロデュースしていたというところに、当時としての先進性があるのです。

上の書籍は夢二が当時制作した「セノオ楽譜の表紙」約280点の中から現在確認できる作品を集めた画集ですが、監修をなんと夢二の孫にあたる竹久みなみさんがしています。
この方は現在夢二の作品を鑑定する仕事もされていますが、この本の発売を記念して、その竹久みなみさんが鑑定済みの作品ばかりを販売する展示会が先日東京丸の内の丸善で催されました。

たまたま東京で仕事があった私は、帰りの新幹線の前に丸善のギャラリーへ寄ってみました。
そこには当時の初版でリトグラフの表紙が額装されて何点か飾られていました。
以前から夢二の本物がぜひ欲しいと思っていた私は、一気に有頂天に。
直筆のものはベンツ1台が買えるほど高価なので、あまりにも無理な金額ですが、初版のリトグラフなら何とか手が届く金額です。
額の裏にはちゃんと竹久みなみさんの鑑定書もついています。

しばらくして我に返ったときには、その中の1つを買っていました。
私の悪い癖です。
どうしても欲しいものに出会うと我を忘れて、この右手が勝手にカードの明細にサインをしてしまうのです。本当に困った癖です。

またいずれその作品をここにアップして見せびらかしたいと思いますが、しばらくは私一人の楽しみとして酒の肴に秋の夜長を楽しみたいと思います。

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自分の性格や素質は誰から受け継いだか 

自分の性格や才能、素質といったものはいったい誰から受け継いだのか。
そんなことを考えたことはありませんか?

人には必ず両親がいます。そしてその両親にもまた両親がいます。そしてまたその両親にも・・・・。
どこまでたどればいいのかはわかりませんが、現実的には両親の両親、つまりじいさん・ばあさんまでたどるのが限界でしょう。
ひいじいさんやひいばあさんになると合計8人もいることになりますし、年代的にもさかのぼって検証するのはほぼ不可能でしょう。

じいさん・ばあさんであれば、なんとか親や親戚の人にいろいろなことを聞くことが可能ですし、時代考証も比較的容易です。
ただ、私くらいの年齢になると親が生まれた時代に戦争という大きな出来事がありましたので、その考証の障害になることがしばしばです。

私にはすでにじいさん・ばあさんはおろか親すらも残っていませんが、ここ最近自分のルーツ(少々たいそうか)について非常に興味がわいてきました。
それがわかったところでどうというわけではありませんが、なにか自分という存在がはっきりと現実味を帯びてくるような気がします。

自分を創っている要素の一つ一つがそれぞれに理由を持っていて、それを受け継がせてくれた先祖がいると思うと、その人たちがいったいどんな人たちだったのか・・・・、とても知りたくなったのです。

戸籍や古い写真を眺めていると、何か探偵にでもなったような気がしますが、少なくとも何か新しい発見があることは間違いないでしょう。

ここで40台半ばのおっさんの提言。
「じいさん・ばあさんや親の生きているうちに昔のことをいっぱい聞いておきましょう。」
私のように誰も残っていないといろいろなことを調べるのに相当苦労しますから。

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