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2009年に思う 

政権交代

今年もあと数時間で幕を閉じようとしています。
月並みですが、私なりにこの1年を振り返ってみました。

今年はなんといっても政権交代でしょう。自民党政権に嫌気をさした国民の選択でした。
ただ、鳴り物入りでスタートした民主党政権も、鳩山首相、小沢幹事長両方の政治資金問題をはじめ、普天間基地の移設問題や景気対策、赤字国債、子供手当の扱いなど問題は山積み。
このままでは来年夏の参議院選挙が乗り切れないのではないかとの憶測も飛び交うほどです。

一方自民党の方も、これといった強力な攻勢をかけている様子もなく、不気味なほど静かです。
これは私の勝手な想像ですが、きっと自民党は今政権を取り戻しても解決方法の見えない問題が山積み過ぎて、自分たちの首を絞めるだけだと考えているのではないでしょうか。
いったん悪い膿を出し切ったところで政権に返り咲く方が得策といえるのではないかと考えていても何の不思議もないのです。

景気は二重底をうったという意見と、まだまだ先は暗いという意見が交錯していますが、最近の景気というのは株価や円相場、GDPなどわかりやすい指標だけでは判断できないほど複雑に入り組んでいますので、対策は余計にやっかいです。
良く言うデフレというのは、最近でこそ聞き慣れた言葉ですが、戦後先進国の中でこのデフレということを経験した国は今の日本以外にひとつもありません。ですから対策をとるにも今ひとつ効果がはっきりしないのが悩ましいところです。
日本人というのは、欧米人に比べてひとつの方向に流されやすい面を持ち合わせていますので、景気のいいときも悪いときもずっとその状態が続くように思いこんでしまい、必要以上にざわざわとあわてふためいてしまうところがあります。もちろんその原因のひとつにはマスコミのエスカレートした報道もありますが、それをそのまま鵜呑みにしてしまいやすい日本人の性質が最も問題であり、景気回復のための方策にとって大きなポイントであるように思います。

では、私たちデザイナーにとっての環境はどうだったでしょうか。
最も目立ったのはデザイン事務所の倒産や解散の増加です。私の周りの事務所も何軒かそういう結果を招いたところがありました。
その結果、ある程度の人数を抱えた事務所が激減し、そこにいたスタッフが散らばって1,2人の小さな事務所が増えるという現象が起こっています。
小さい事務所というのはもちろんキャパシティーも小さいので、限られた件数の仕事しか受注することができませんから、その得意先の業績に振り回されることになり、もろに影響を受けることとなります。ただでさえ、こんな景気の時ですから得意先も内製化やコスト削減といった努力をしますので、受注は減る一方です。

そうすると、仕事を確保するために価格を下げて競争力を持とうとするところが現れてきます。少しでもデザイン料を安くすることで受注を増やそうというのです。
ただ、これをやり出すと、もう負のスパイラルに巻き込まれてしまったも同然。

デザインという仕事は、どこまで行っても手間仕事です。
一部にはロイヤリティーや版権など左うちわ的な仕事もありますが、ほとんどの仕事は「こなしてなんぼ」です。
そういう性質の仕事でどんどん価格を下げるということは自殺行為以外の何ものでもありません。
たとえば印刷会社のように機械さえ回せば利益がかけ算で増えていくような業種や、製造業のように企業努力によって生産コストや原料コストを下げて価格競争力をつけるという業種ならいざ知らず、カメラマンやライター、デザイナーといった仕事はどこまで行っても「こなしてなんぼ」なのです。

デザイナーを抱える企業もまた大きな問題を抱えています。
ひとつは、新規採用を控えていたためにデザイナーの年齢構成が中・高齢者に偏ってしまい、いつまでたっても若手が育たない状態に陥っています。これは中長期的に見てかなり悪い傾向で、5年、10年先を考えると非常に危険です。かといってベテランを解雇して若い人材を採用するとデザイナーとしてのスキルが下がり、クオリティーという意味での競争力が落ちてしまいます。
しかも、なぜか企業の企画室やデザインの部署というのは、ある程度の年齢になるとデザイナーがディレクターやプランナーという肩書きを持ち実務から離れる傾向がありますので、実務の現場ではいつまでたってもスキルが上がらないといった現象が起こります。
その上、勤務条件が年々悪くなる状況ですから、若手が居着かないという弊害まで起こしてしまい、余計にその傾向に拍車がかかります。
さらに、内製化を進めるがために内部のデザイナーがすべての仕事を担当することになりますので、どんな仕事にも幅広く対応できるスキルが育っていない状況で仕事を担当することとなり、得意先のニーズにこたえることができない、という事態になります。

このように、企業内のデザイナーもデザイン事務所も負のスパイラルに巻き込まれ、なかなか出口が見えないというのが2009年の状況でしょう。

ただ、だからといってそのスパイラルから抜け出ないわけにはいきません。
何かしらの方法を考えなければ、淘汰されてしまうのを待つばかりです。

私は、おそらく2010年はその方法論を探る年ではないかと思います。
そして、その方法論を見つけたところが生き残り、景気回復時にさらなる発展が待っているのです。

ただし、何かひとつの方法論で解決するような簡単な問題ではありません。
それは人の健康が「食事」「運動」「投薬」「精神」など様々な要素で成り立つように、ビジネスにも様々な改善すべき要素がいくつもあるはずなのです。

2010年、結局のところ根気よくひとつひとつの要素を確実に改善することが、この時代に生き残る方法論ではないでしょうか。

四十半ばのデザイナー、今年もあと4時間少々というときに考えた結論です。

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23年目スタート 

12月1日をもってコイズミデザインファクトリーは23年目に突入いたしました。
つきなみな言葉ですが、本当にあっという間でした。
いつもこの時期になると、独立したてのころを思い出すのですが、その年によっていろいろ印象が違うもので、今年の場合は何かしら独立当初に似た不安と期待が入り交じった複雑なものでありました。

こういうときに人というのは、「不安と期待」「反省と満足」のそれぞれを結ぶ縦軸と横軸の座標の中で、自分がどこにいるかを考えるものだと思うのですが、そういうチャートの中で今年はほとんどど真ん中、期待半分不安半分、少し満足、少し反省・・・・と、いった感じです。

私はこのデザイナーという仕事を始めて今年で25年が過ぎましたが、今期初めて5年後というのを真剣に考えるようになりました。
今まではどちらかというと、目の前の仕事に追われ、5年どころか3年、いや1年後でさえも意識して考えたことなどなかったのではないかと思いますが、私も年のせいか残りのデザイナー人生をどうすればバラ色のものにできるのかをそろそろ真剣に考える時期に来たのかなと思い始めています。
事務所のこと、スタッフのこと、自分自身の人生、そして大げさですが京都という街の未来。

最近、半年ごとに事務所のスタッフに自分自身を査定するということをさせているのですが、そのシートの中で今年は、「5年後にどんなデザイナーになっていたいですか」という設問を全員に投げかけてみました。
何の予告もなしにそんな設問を投げかけられたスタッフは災難としかいいようがありません。
それでもその個人個人なりに置かれた立場に応じて回答していましたが、それと同じ設問を自分自身にも投げかけたとき、自分ならどんな回答をするのかなと考えると、これがなかなか難しいもので「こんなことができてこんな風なデザイナーになりたい」というようなことは残念ながら思い浮かびません。
いくら25年もやっているからといって、すべてにおいて100点満点がとれるデザイナーになれているとはさらさら思いませんが、自分の能力とか行き着ける範囲というものがある程度見えてきてしまった年齢になって、そんな具体的なことよりも、もっと大きな流れというか、もっと大きな自分の世界観とか領土というものを作り上げないといけないのかなと思うはじめています。

私は悪い癖があって、一つのことを考えるとその方向に向かって突き進むのはいいけれど、必要以上にあせってしまって空回りしてしまいます。
今回はそんなことがないように地に足のついたやり方をと思うのですが、果たしてどうなることやら。

いずれにしても、モチベーションがとぎれないように老体にむち打って、ひたすらがんばるしかないようです。

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ノスタルジーが止まらない 

男の隠れ家 2009年 12月号 [雑誌]男の隠れ家 2009年 12月号 [雑誌]
(2009/10/27)
不明

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少し前の号になりますが、私のような40代半ば以上の人にはなまらない特集の雑誌を見つけました。
ちょっとタイトルの「男の」というのを何とかしてほしい気がしますが、中身はなかなか毎号楽しめる内容です。
この号では東京や大阪の昭和を感じさせるスポットがいろいろ紹介されているのですが、その中に飲み屋に関するページがあって、古き良き時代のスナックやキャバレーが紹介されています。

その中に、何とも懐かしい大阪・南の「キャバレー・サン」という店が紹介されています。
そのページにも書かれているように「雨が降ってもさんさんさん・・・・」というテレビコマーシャルが、当時は夜11時を過ぎる頃になると良く流れていたものです。



今でも立派に営業されているようですので、今度大阪に出張の時には1度のぞいてみようかなと思っています。
昭和の華やかな時代のまんまの姿で、今でも庶民の社交場として大阪のおじさん連中からは絶大な支持を得ているようです。

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夢二のハガキ2 

夢二3

前々回の続きです。このときは合計7枚のハガキを入手しましたがそのうち4枚が夢二独特の美人画です。
夢二の美人画は決して写実的ではありませんし、どこかバランスが崩れているのですが、その崩れ方こそが夢二美人画の最もすばらしい点でもあります。
何となく悲しげな表情、横顔では鼻の表現がかなり独特で、低く長い。究極の美しいなで肩。手足や顔が大きい全身のバランス。
ただそのアンバランスさが他のモノには決してまねのできない調和を見せています。

その魅力に打ちのめされて大枚をはたいてしまったわけですが、絵の中の女性が今にも振り返ってくれそうな気がして。
夢二の絵こそが、私にとって永遠の理想とする女性美なのかもしれません。

夢二4

夢二5

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京都観光に思う 

京都観光

京都の観光客は当初の目標よりも2年早く5000万人という大台を達成しました。
これには中国や韓国を中心とした海外からの観光客が大きく貢献していることと、昨今の京都ブームに乗って老若男女を問わず国内からの訪問者や修学旅行生の回復なども影響していると思われます。

そこで最近まとめられた京都市サイドの次なる展望が発表されましたが、今回は明確な数値的目標はなく、長期滞在型の質の高い旅行客を獲得していこうというモノでした。(もちろんそんな露骨な表現ではありませんが。)
簡単に言えば2泊よりも3泊、5万円よりも10万円、ということでしょうか。

私はかねてから京都観光における旅行者の感想や心理というモノが大変気になっていましたが、先頃あるリサーチで発表されたモノを見ると、やはりというか、予想通りというか、なかなか厳しい意見が多かったようです。

例えばタクシーの運転手の応対が横柄だったとか、旅館や料亭の接客態度ができていないとか、寺社を中心とした見学施設の態度がいかにも上から目線がとか・・・・。

よく言われる京都人独特のお高くとまった印象がそのまま観光客の印象として焼き付いてしまっている格好です。

誤解のないように先に言っておきますが、そういう私も先祖代々の京都人ですから、そんなにえらそうなことは言えた義理ではないのですが、確かに昔から京都人にはそういうところがあるのは否定できません。
そういうところが観光施設などではなにか、「見せてあげてる」「乗せてあげてる」「食べさせてあげてる」というような態度に出てしまっているのではないか・・・・と、言う不安に駈られます。
先頃発表された指針についても、なにか「お金のない人はきんといておくれやす」てきな印象がぬぐえません。

京都の魅力は、今現在すんでいるものたちがつくったモノではなく、1200年間の歴史が創りあげてきたモノのはず。自分たちの努力によって人々を引きつけているのならまだしも、伝統とか、歴史とかにおんぶにだっこ状態の現状でそういった態度での旅行者の受け入れには、いささか思い上がりが強すぎはしないでしょうか。

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夢二のハガキ1 

夢二1

昭和初期の夢二のポストカードです。
当時は1枚づつ石版で手刷りという誠に手の込んだ制作方法をとっています。
ですから厳密に言うと1枚1枚微妙に擂り具合がちがっていて、何とも言えない味のある仕上がりになっています。

昭和初期の夢二の作品は、何とか現物が買える値段なので、私は最近、少しづつ集め出しています。
この写真の他に、当時シリーズで販売されていた作品を何枚か一緒に入手しました。

夢二2

いわゆる大物は高くて手が出ませんが、ポストカード程度なら、骨董のそば猪口を買うくらいの金額で何とかなります。こういった版画は今からだいたい80年以上前に商品として街に出回っていたわけですから、きれいな状態で残っているものがだんだん少なくなっています。
一般的に景気の悪いときは、骨董や美術品が買いやすい時期だといわれていますので、今のような時期はチャンスです。

昭和初期のノスタルジーに浸りながら、ウイスキーで1杯。

最高の至福の時です。

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校章・組章 

校章

私は、中学、高校と公立でしたので、6年間学生服で過ごしました。
いわゆるツメ入りという奴です。
その当時は学生服というとカラー(立ち襟)のところに、校章と組章をつけるのが決まりで、学校の購買などに必ず売られていたものです。

毎年買い換える組章は、真鍮製で七宝仕上げ。今では考えられない贅沢仕様です。
裏側に螺旋とビスがあって、カラーに開けた穴に通して裏側から螺旋で締め付けるという本格派です。
夏には学ランは暑くて着れないので、ホルダーと呼ばれるビロードに裏打ちして安全ピンでぶら下げるようなものがあって、そこに校章と組章を上下に並べてつけました。

今から思えば制服というものにまだまだ軍服の名残が残っていた時代でした。
その私の母校に息子2人も通っていましたが、もちろん今はブレザー。
これも時代でしょう。

制服というのは善し悪しで、規律を重んじる社会に適合する人間形成には都合のいいものですが、流行とかファッションセンスとかいうものの芽は明らかにつみ取ってしまうという弊害も持ち合わせていて、10代の多感な時期にはかなりのマイナス要因となります。

事実、私は美大に入った時に、私服制の高校に通っていた同級生に混じると明らかに自分がださく感じたものです。
6年間も学生服と体育用のジャージでほとんどの時間を過ごしたものと、街へ出ていろいろな洋服を見慣れたものとの差は、果てしなく大きく、妙なコンプレックスを抱かずにいられませんでした。

おかしなもので、そんな私が今では「トレンドがどうとか」「ブランドのコンセプトがどうとか」いって、人様からお金をいただくような仕事もしています。

きっとそのときのコンプレックスがなかったら、今頃ファッションというものにそれほど興味を持っていなかったのかもしれません。


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文庫といえば 

文庫

文庫といえばもう一つ。
10月に東京へ行ったときに、葛籠の文庫を買いました。

この日は、仕事のついでに祖父と祖母の若い頃の足跡を調べに行ったのですが、戦後、ダンスホールでバンドネオンを演奏していた祖父が、出演していたフロリダという店のあとを確認し、そのまま銀座へ流れました。

この文庫を買った「平つか」という店は、銀座7丁目の飲み屋街にひっそりとのれんを下ろしています。
よほど注意していないと見過ごしてしまいそうな小さな店ですが、このときも自慢のiPhoneがナビゲートしてくれました。
店にはいると眼鏡のおじいさんが一人。和紙製のポチ袋を糊貼りしながら店番をしています。
それほど広くない店内には、この店謹製の便箋や封筒、ポチ袋などが整然と並べられており、その手軽な価格からついついあれもこれもと手が伸びてしまいます。

銀座 平つかの便箋

この便箋とポチ袋も上の文庫と一緒に買いました。和紙に手刷りの感触が何とも筆欲をそそります。

たまにはこんな便箋に太めの万年筆で手紙を書いたりするのもいいかもしれません。

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箱根の寄木細工はモダンな伝統工芸 

寄せ木1

箱根方面の伝統工芸品「寄木細工」というのを知っていますか?
昔どこの家にもあった「からくり箱」(写真・下)で有名な江戸時代から続くお土産品です。
からくり箱

中には、中のものを取り出すまでに最大では72箇所ものからくりをクリアしないとたどり着けないという驚異的なものまであるようです。
みやげもの屋には通常12~24からくり程度のものがたくさん売られていますが、この表面に施された柄は、印刷ではなく全ていろいろな木を重ねて柄をつくる寄木細工でつくったものを薄く剥いでシート状にし、貼ってあるという実に手の込んだものとなっています。
最近はシート状のものを貼るのではなく、寄木したものを板状のまま使用した、いわゆる「無垢」のものも登場し、さらに高級化しているようです。

話は元に戻って、一番上の写真は、今年慰安旅行で箱根に行った際に入手した無垢の文庫です。私はそれを万年筆のインクやボールペンの替え芯入れとして使っているのですが、このあたりの商品になると、伝統工芸というよりはむしろモダンなウッド・クラフトといえるほど洗練されたデザインに仕上がっています。

寄せ木2

アップで見るとよくわかりますが、様々な色の木(着色したものではなく木本来の色)を組み合わせ、見事に市松模様を創りあげています。

これぞまさに伝統の技がなせるモダニズムといえるでしょう。

物欲にまみれた私は、調子に乗ってサイズ違いをネットで追加購入してしまいました。

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ボールペンも使わないわけにはいかない 

ボールペン1

私は万年筆が好きなことは前にも書きましたが、普段の仕事の中では、どうしてもボールペンでないといけないときもあります。
たとえば、複写伝票や複写の申込書など。
複写のものというのは、ある程度の筆圧をかけないと2枚目や3枚目に写ってくれませんから、万年筆でサラサラというわけにいきません。そこでどうしてもボールペンを使わなければいけなくなるのですが、そのときに100円ショップで売っているような使い捨てボールペンではいけません。
伝票や書類を送る相手に失礼です。
何十万もの金額を記入するときのペンが100円ショップ製では、あまりにも悲しすぎます。

と、いうようないいわけをたくさん用意して、ボールペンも何本か使い分けています。
基本的にセルの柄が美しいものが好きなのですが、上の写真のいちばん左にある赤いペンはただ者ではありません。

ローラーボール

なんとペン軸に色いろいろが違う天然石を埋め込んで世界地図が描かれています。緯線と経線をクロームで残し、所々大陸の名前まで入っています。
このペンを人前で使うと必ずみんな驚きます。
中国製で1,500円。ネットで買いましたが、こんな金額でこれほどの完成度は驚異的。

中国の生産力に脱帽です。

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23年目に突入しました。 

今日、独立して23年目に突入しました。
24歳の11月30日に前職を退職し、翌日フリーのデザイナーとして出発しました。
はじめは、自分の部屋の6畳間がオフィスでした。机、書棚、ステレオ、ベッド、コピー機、ストーブ、これだけのものがたった6畳の部屋に所狭しと置かれていました。
もちろんそんなところにお客さんなど来てもらえるわけもなく、もっぱら私が先方に出向くというパターンです。
しかも、当時は車を売ってしまった後で、仕方なしにベスパに乗って打ち合わせや納品にいったものです。

もちろん当時はまだ携帯電話というものは普及しておらず、留守番電話もなかった私の家の電話番はあてにならない私の祖母です。まったく伝言など当てにならず、かなり苦労したものです。

当然まだ100%アナログの時代ですから、狭い部屋には紙やボード、絵の具、マーカーといった画材が山積みで、まったく足の踏み場もない状態でした。

おまけにボーナス前にやめてしまったため、ボーナス一括で買ってしまったステレオのローンは残るは、何でもかんでも自分でしなければいけませんから時間は足りないわで、あっという間に年末を迎えた記憶があります。

その頃から思えば今は本当に恵まれています。
それなりに広い事務所にもいますし、スタッフも全部あわせれば10人にもなりました。
仕事もデジタルに移行し、スプレーノリやエアーブラシの悪い空気に悩まされることもありません。

ただ、こんな状況にどっぷりつかっていては次の進化がありませんから、いつまでも独立当時を思い出して自分をふるいたたせてゆかなければ・・・と、心新たに誓う老兵でした。

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