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文具の誘惑 

私は子供の時から絵を描くのが好きでした。
と、いうより遊ぶことが絵を描く以外になかったという方が正しいかもしれません。
私の家は、子供の頃たいそう貧しかったので、両親はもちろん共働きでした。
今では共働きなど当たり前のことですが、私が子供の頃はどちらかというと少数派でした。
おまけに妹の面倒まで見さされていた私は、友達と外で遊ぶこともできず、毎日競馬の絵ばかりを描いて過ごしていたのです。

自然と描くことが得意になった私は、小学校、中学校、高校といつもクラスで一番絵のうまい少年でした。
美大へ入ってからもそれは同じで、そしてとうとうデザイナーになり、イラストレーターとしても仕事をいただき、絵を描いて人様からお金をいただく立場になれました。

ですから私のそばにはいつも画材と文房具がありました。
ほかの子供たちがおもちゃを大切に持っているように、私は画材と文房具を一番の宝物としていました。

大人になってからもそれは同じで、いまだに何本も万年筆を集めたり、好きな馬の毛色に合わせたインクを別注で作ってもらったり、何冊ものノートを使い分けたりと、画材や文房具を集めたり使うことを楽しんだりしています。

小泉の文具箱

というわけで始めたのがこのブログ。
まだスタートして間がありませんが、これからバンバン更新しますので、是非とも一度チェックしてみてください。

あなたも、ディープな文具の世界へのめり込むかもしれません。

小泉の文具箱  http://kdfbungubako.blog102.fc2.com/

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11PM 



親に隠れて見る番組です。
どきどきしながら夜の11時を待ちました。
眠い目をこすりながら何とか11時までたどり着いたと思ったら
その日の特集が釣りや麻雀だったりして、途方に暮れたこともよくありました。

昭和という時代は、このようにちょっと罪悪感のあるどきどき感があふれていた時代でした。
私も、来月には47歳になりますが、私くらいの人はそのどきどき感を最も味わえた世代かもしれません。
大人になってしまっていればさほどのことではなかったかもしれませんし、もっと小さい子だと何が何だか訳がわからないでしょう。
ちょっとわかって来だした頃にこのどきどき感がたまらなく刺激的でした。

今は、子供でもネットで検索すればもっとどぎついのがいくらでもみれる時代です。
あまりにも簡単にそんな刺激が手に入ってしまうので、やっとこさ手に入れたという充実感とか満足感が薄れてしまって、あの刺激感を味わえてないように思えます。

人間の刺激というのは目で感じるモノではありません。
五感すべてを躍動させて感じるモノです。

こんなことばかり言っているとまたおっさん扱いされそうですが、
現代の若者よ、五感を躍動させて刺激をつかみたまえ!

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最近の若者のファッション購買傾向は 

セレクトショップ

私は時々いろいろなブランドの立ち上げやシーズンのテーマを決めるときにそのブランドのコンセプトをつくるという仕事をしています。
そういうときに必ずクライアントから求められるのがそのブランドのターゲットという奴です。
一昔前なら、年齢はこのくらいでこんな趣味趣向を持ち、収入はこのくらいで、こだわりを持った何々・・・という具合に決まり切ったモノがありました。

ところが最近はちょっと事情が違います。

一昔前ならファッションに興味のある若者は、休日ともなると街に繰り出し、自分のお気に入りのブランドやショップを周り、雑誌に載っていた流行のアイテムを探し当てたり、まだ他の人が気づいていないような新しいブランドをあさったモノです。
そして少ない軍資金の中から、何とか捻出したなけなしのお金で服を買い、手持ちのアイテムと必死になってコーディネートを組んだり、ワッペンや替えボタンでカスタマイズしてみたりと、オシャレをすることに対して勉強熱心でした。

それに比べると最近の若者は(こんな言い方はじじくさいといわれそうですが)物事に対して一生懸命に努力するということを嫌いますので、ファッションに対してもどこか人に頼るところがあります。
いま街を賑わせているセレクトショップはその傾向の結果現れた販売形態に他なりません。
「自分で選んで自分で組み合わせる」というファッションの最も根本を放棄してしまい、「誰々が選んだ」とか「どこどこのショップが選んだ」ということに価値を見いだしているようです。

結局のところ「自分で選ぶ」のではなく「選んでくれる人を選ぶ」という時代になってしまったのです。

ただ、これにより自分の趣味に凝り固まることが少なくなったので、そのセレクトショップにさえ売っていれば少々テイストにばらつきがあってもあまり抵抗なく受け入れることになっていますので、昔のように「がちがちのアイビー」とか「今山から帰ったばかり」のような極端なアウトドア野郎はすっかり息を潜め、その時々の流行やそのショップのバイヤーの都合で売れるアイテムが替わりますので、いわゆる「なんちゃってトラッド」や「なんちゃってアウトドア野郎」が街にあふれることとなっています。

ですから、若者のファッションにおいて、今最も効率のよい販売戦略は「選ぶ立場の人」、すなわちショップのバイヤーや雑誌のライター、カリスマ店員、カリスマモデルといった人たちをいかに押さえるかということにつきるといえます。

各アパレルメーカーのMDやデザイナーは、何かというとヨーロッパのトレンドを気にしてものづくりをしてしまいがちですが、市場でそんなトレンドを理解しているユーザーはほんの一握りのファッションオタクでしかなく、実際は「選ぶ立場の人」の選んでくれるアイテムしか彼らの眼中にないのです。

ですから、これからの販売戦略はユーザーの傾向ではなく、その「選ぶ立場の人」たちがどんな形のファッションビジネスに関わっているのかを分析する方が遙かにマトを得ていることになるのではないでしょうか。

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銀座の夜は華やいで 

銀座5

私は東京へ出張に行くとよく銀座へ行きます。
特に何が目的というわけではありませんが、あの大人の華やいだ雰囲気が好きなのです。

昼は竹葉亭で鰻を食べ、夜はライオンのビアホールで一杯やるというのが理想のスタイルです。
その間、いろいろな百貨店のウインドウやITOYAの万年筆売場をのぞき、つかれたら千疋屋のフルーツパフェで休憩。
元気のあるときは銀座に集中している中古カメラ屋を周り、平つかの和文具やアップルストアも。

だいたいはそれで時間いっぱい帰りの時刻となるのですが、昨年末にいったときにクリスマスのデコレーションで飾られたウインドウの写真を撮ってきたのでアップします。

私の祖父と祖母は約70年以上も前にこのあたりを遊び回っていたようで、その頃のことを想像しながら徘徊することが東京出張の楽しみとなっています。

銀座6
銀座8
銀座2
銀座1
銀座3
銀座7



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最近の私の水槽 

サンゴ水槽

久しぶりにMY水槽の画像をアップします。
以前のモノと比べると雲泥の差。
現在22種類のサンゴがきれいにポリプを開いてくれています。
かなりノウハウを積んできたので、サンゴが死んでしまうようなことはありません。

ただ、残念なことにサンゴは夜になると一斉にしぼんでしまうので、平日朝と深夜しかこの水槽を見ることができない私は、こんなにきれいな状態を休日にしか見ることができません。

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我が青春のラジカセ 

東芝アクタス580

私のように40代半ばの人は必ずラジカセというモノのお世話になった。
現在のように音楽はネットで落としてipodで聴く時代ではないので、みんなラジカセにあこがれ、お年玉やアルバイトの給料で買ったものだ。
しかも、現在のように「ステレオ」ではなく「モノラル」だ。
最近では「モノラル」という言葉すら聞かないほど「ステレオ」が当たり前になっているが、ラジカセが登場した頃はまだモノラルが主流だった。
もちろん「ラジカセ」の「ラジ」はラジオを意味し、「カセ」はカセットを指す。
今ではこのカセットテープを店頭で探すのは至難の業となっているが、SDカードやUSBメモリが売っているのと同じノリでカセットテープたるモノが店頭を埋め尽くしていた。

写真の「ラジカセ」は私が中学1年生になったときにためていたお年玉をはたいて買ったものと同じモノだ。
何年も前に自分が持っていたモノは処分してなくなっていたのだが、なんと34年も前の機種を修理して販売しているサイトを見つけ入手した。
当時の価格は42,800円。おそらく今の感覚では倍以上の金額だろう。
13歳の少年にはとてつもなく大きな買い物であったが、とにかく欲しくて欲しくてたまらなかった。

あの時代は中学生になると「ラジカセ」と「ギター」にあこがれ、高校生になると「コンポーネントステレオ」を夢見るというのが定石で、私も例に漏れずその道をたどった。
このラジカセで深夜放送を聴き、テレビの番組で桜田淳子の歌を録音し、北京放送やBBCを受信して一喜一憂していた。
思えば、私の今のライフスタイルはこの「ラジカセ」がスタートであった気がしてならない。

思いついてiphoneをラインでつないでみると、当時の曲がiphoneからこのラジカセに送られ、スピーカーから流れルのを聴くと、何か30年以上の時間が急につながった気がしてノスタルジーに浸ってしまった。

カーペンターズ、中島みゆき、桜田淳子、バックスバニーなど当時この「ラジカセ」で聴いていた曲が、今も私のカーステから流れている。

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35年ぶりに「いづもや」へ行った 



先日、約35年ぶりに京都四条大橋の「いずもや」へ行った。
もう今月から鴨川沿いには「床」が出ていて、名物の「等間隔カップル」も以前より密度を増しているようだった。
四条大橋の上からは、内外の観光客がしきりにデジカメや携帯電話のシャッターを切っていたが、よくよく周りを見てみると、このあたりは人も多いし、車も多い、さらにはパチンコ屋の看板、京阪電車乗り場やアサヒビールの看板など、おおよそこの風情には似つかわしくないものが目に飛び込んでくる。

このたぐいの景観問題に関してはまた別の機会に書くとして、たまたまこのあたりを仕事で通りかかった私は、何を思ってか「いづもや」に入りたくなった。
子供の頃、あのやらせの元祖ともいえるテレビCMで有名(京都だけか?)なあの「いづもや」だ。

約40年ほど前のCMだと思うが、店内に入ってみるといまだにメニューには「うなぎ」や「ひょうたん弁当」と行った名物が残っていてお年寄りの多くが「ひょうたん弁当」を注文していた。

余談になるがこのCMに出演している左側の細面の方は、当時「いづもや」の専務で、いつも先斗町の入り口のところに立ち、観光客の目につくところで生きる広告塔としていわゆる客引きをしていた。
この当時50歳としても、今では90歳以上、ひょっとすると100歳を超えているかもしれない。

果たして元気でご存命かどうか。
いろいろなことに思いをはせて、食事のあとはいつもの「なつメロBAR」へと足は引き寄せられた。

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