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平成25年 大晦日に 

皆様、今年一年私のたわいもない書き込みにおつきあいいただき、誠にありがとうございました。来年もよろしくお願いいたします。

今年最後に1年の反省点と新年の目標を。
まずは反省点
●やるべき仕事の見極めができず、目先の数字に固執してしまい、偏った販売戦略になってしまった。
●やろうとすることが多すぎて、どれも中途半端な成果で終わってしまった。
●まだまだ自分のモチベーションを維持することができない。
●今が健康だからと言って、普段の健康管理が十分とはいえない。
●ブログの書き込みが減っている。
●SNSの活用方法が今ひとつわかっていない。
●購入した資料に目を通す機会が減っている。
●水槽をきれいに維持できていない。
●ギターの上達が止まっている。
●自分の作品(絵や陶芸、写真)があまり作れてない。
いずれにしてもまだ志半ばという感じが強いので、新年はこんな目標を立てた。

●SNSやブログ、HPなどインターネットの利点を駆使し、事務所としての知名度を確立する。
●見極めることに躊躇せず、3年、5年先を見据えた販売戦力を強化し、新規販売先30件を獲得する。
●自分の年齢を言い訳にせず、モチベーションを高いレベルで維持し、こぎ出す力を発揮する。
●健康診断に行く。
●ダイエットでマイナス5kg
●資料や書籍にできるだけ目を通す。
●水槽をサンゴでいっぱいにする。淡水の方は緑豊かな水景を作る。
●ギターソロの曲を3曲以上作曲する。
●自分の作品をもっと制作して、ネット上で個展を開く。
●できれば乗馬をはじめたい。

そんなにたくさん無理に決まってるとお思いでしょうが、本人はいたって真剣。
来年の今日、どんな反省をしているか・・・・。

有言実行が私のポリシーですから。

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26年が過ぎ、27年目が始まる 6 

macという魔法の箱はデザインのビジネスを大きく変えた。
デザインだけではなく、印刷やテキスタイル、ディスプレイなど私の仕事に関わることすべてを大きく変えた。

その魔法の箱を初めて見たのはテナントビルの地下にある10坪足らずの事務所にいるときだった。
隣にあった画材店のカラーコピーサービスのコーナーにひときは輝いて見えたその箱は、そこそこに車が1台買えるくらいの高価なものではあったけれど、私には万能の武器に見えた。

ただ、当時この魔法の箱にに関しては賛否両論意見が大きく分かれていた。というより、ほとんどが反対意見であった。
この魔法の箱が登場する前にも国内製のコンピュータとソフトによりデザインを表現するというものがあったが、そんなものは箸にも棒にもかからない状態であったので、デザイン界の主に重鎮と言われるような人は一斉に反対した。

私はもちろんコンピュータなど触ったこともなかったし、どんなことができるのかさえ知らなかった。
しかし、その画材店に鎮座していた魔法の箱のディスプレイに映し出される様々な英語フォントやテキスタイルのパターンは私にとって大きな驚きであったとともに限りない可能性を感じた。

しかし、この魔法の箱がデザイン界に普及するまでにはかなりの時間を要したが、それにはいくつかの理由があった。

つづく

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26年が過ぎ、27年目が始まる 5 

10坪の事務所は、ここもすぐに手狭となった。
念願のトレスコ(今となっては知らないデザイナーが大半かもしれないが、紙焼きをするための大きなカメラのようなもの)と暗室を設置したので、しかたのないことではあったが、あまりにも短期間でこれほど手狭になるというのは正直計算外だった。
事務所も設立して3年を迎え、順調に売り上げも増え、スタッフも4名となっていた。
小さいながらもミーティングを行うスペースもできたし、水槽も置いた。画材店の隣ということもあり、何かと便利だったし、なにより事務所の存在が世の中に知られることとなった。
おかげでアルバイトの応募や飛び込みのお客さんなどもあり、デザイン事務所らしい体裁となっていた。

法人化も果たし、事務所の名称も正式に「コイズミデザインファクトリー」となった。
最初「有限会社KOIZUMI」としたかったのだが、法人登記の関係で「KOIZUMI」の後に何かつけないといけなくなり、単に「コイズミデザイン」よりはもっとインパクトがあって、忘れにくい名前をと考え、「コイズミデザインファクトリー」とした。当時C&Cmusicfactoryというバンドが合ったのでちょっとぱくったというのが、正直なところだ。

そうこうしているうちに、うちの事務所の行く末を大きく変える出来事が起こる。

隣の松吉画材にMACがきたことだ。

つづく

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見積もりのタイミング 

今回はデザイナー向けの書き込みとして読んでいただきたい。

デザインを依頼されたときに最もむずかしいのは料金ではないだろうか。
今までのデザイン会社にどのくらい払っていたのか・・・・とか、
相手がデザイン事務所に初めて依頼するので料金がまったく想像ついてない・・とか。

そういう問題を解決するために各デザイン会社もいろいろと考えているようだが、なかなかこれという解決策はない。
中にはホームページで価格表を掲載しているところもあるが、私個人としてはこれには反対。
例えばロゴデザイン。
よく見かけるのは「ロゴデザイン 30,000円〜」という最低料金を明示したもの。
ロゴデザインと一言で言っても、条件は様々。小さなお店のロゴなのか、大きな会社のロゴなのか、ある商品のブランドロゴなのか、それこそ条件はまったく違う。
そこで最低料金を明示しても信憑性のあるものにはならないし、あまり価格を安くしてしまうと事務所のレベルを計られかねない。

パンフレットやフライヤーにしても同じ。
原稿の出かたや写真、イラスト、トレースの有無、テキスト、コピーの用意、すべてが案件によってまちまちなだけでなく、クライアントの規模、印刷部数やHP掲載など条件は様々。

正直そこで価格を設定するというのは無理。

かといって、発注して納品となってから驚くようなデザイン代を請求するのは困ったもの。

解決方法はただ一つ。「事前見積もり」だ。
そのデザインを何のために使うのかなど、大まかにヒアリングできれば価格を出すことができるので、「事前見積もり」を実施するべきだ。もちろん相手から見積もりを依頼されることが多いが、ある程度話が進んでからでは相手も断りにくい。
もちろん見積もりだけで料金を請求するようなことはしてはいけないので、遠慮せずに問い合わせできる状態をつくるべきだ。ちゃんとした事務所であればHPにお問い合せフォームなどを用意するべきだし、電話がしにくい人のためにメールでも可能なようにするべきだ。

なぜなら、値段での受注か失注かというのは、お互いできるだけ早い段階で決定するべきで、遅くなればなるほどどちらも得はないからなのだ。

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長い間デザイナーでやっていくには  詳細16 

数えに数えてついに16回目

1 自分の得意なことをどんどん磨こう。
2 少しでもたくさん稼ぎたいと思おう。
3 相手に「これは私にはできません」と簡単に言ってはいけない。
4 失敗してもいいからやったことのない仕事も受けよう。
5 やったことのない仕事のことはこっそり隠れて勉強しよう。
6 絵の下手なデザイナーは大成しない。デッサンは基本。
7 好き嫌いだけでデザインの善し悪しを語ってはいけない。
8 身近な先輩を
どんどん追い抜いていこう。
9 自分に対する投資をケチってはいけない。
10相手が間違ったことを言ったり
理不尽なことを言うときは堂々と対決しよう。
11 自分の立場を守りたいなら
自分の実力を相手に認めさせよう。
12 時間にコストの感覚を持とう。
13 自分でできる領域を少しでも広げて、受注の数と範囲を増やそう。
14 自分のキャラから想像もつかないような「意外」な仕事ができるようになろう。
15 色のセンスに自信を持てるようにヨハネス・イッテンの色彩論を勉強しよう。
16 ファッション雑誌のカラーコーディネート記事のいい加減さを見つけられるようになろう。
17 巷にあふれる広告やデザインをよく見て、いいところと悪いところを自分なりに考えよう。
18 市場調査に勝る勉強法は無し。
19 資料や本は宝と思え。
20 服装は自分自身のプレゼンテーション。

通常ファッション雑誌の記事はファッションに強いライターが書きます。
この「ファッションに強い」というのがくせ者。
コレクションの情報や海外のショップのレポートを得意とするライターでも、カラーコーディネートは話が別。ましてやそこいらの雑誌でスタイリスト経験者やファッションが好きだという程度のライターでは、色の話などはできるはずもなく、おまけにコーディネートとなると何を根拠に言っているのかさっぱりわからないと言うのをよく見かけます。

雑誌の場合、掲載されている商品はほとんどの場合タイアップ広告。メーカーや大手ショップが売りたいものを載せてもらい広告とわからないように記事化するという手法です。
ですから商品を提供する側から来た情報をリライトするのが常。

「この色は今年トレンド」だとか、「きれいめの色で・・・」とか、「この色とこの色の相性がピッタリ・・・」とかもっともらしいことが書かれていますが、だいたい流行色というのは様々な情報誌でもなかなか絞り込むことが難しい上に、それがコーディネートとなると色の理論や素材感、セオリー、時には奇抜さなどを加味しなければなりません。

そういうことを的確に書くのは至難の業。
少なくともファッションと色彩論に精通していなければなりませんし、トレンド情報も豊富に持っていなければなりません。
そんなハードルの高い内容を的確に書けるライターがどれだけいるのでしょう。

だいたいの場合、セオリー通りかそのセオリーすらも間違って使っているかの場合が多いようです。

ですから、雑誌の写真を見て、そこに乗ってるコーディネートがベストなどと思ってはいけません。
ファッションでもグラフィックでもカラーコーディネートの基本理論は同じ。

理論をきっちり理解していないと応用も利かないし、説得力もないのです。
「カラーコーディネートは理論」これをおざなりにしてはいけません。

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26年が過ぎ、27年目が始まる 4 

ワンルームマンションに机を3つ置いてさらにコピー機、本棚、アルバイトが来たときにはそのための机、それだけのものを置いてスペースに余裕があるわけがない。
しかも、当時はまだ仕事自体がアナログであったため、今よりもずっと画材などの道具も多く、極めつけはスプレーのりだった。
スプレーのりを使ったことのある方であれば想像がつくと思うが、あれはスプレーなので周りに飛び散ることは避けられない。だからそのために段ボールで周りをガードし、べたべたがつかないようにして使用する。それがそこそこ大きなスペースを取るのでさらに狭くなる。

思えば、私の事務所は常に狭さとの戦いであったように思う。
今までに26年間で5回の引越をしてきたが、その都度「これだけ広ければ大丈夫」と思うのだが、1年もすれば早くもてぜまになり、モノがあふれてしまう。
一説には私がものを買いすぎだと言われるが、いるものはしかたがない。と、思う。

そう頃ちょうど都合の良いことに、出入りの画材店の持ちビルに空きができたので入らないかという誘いがきた。
烏丸丸太町という絶好の立地でありながら、地下の10坪ほどの狭いところなので保証金もいらないという。
たとえ10坪でも今のワンルームよりはずいぶん広いし、気兼ねなく仕事ができる。
ワンルームマンションの場合、居住専用だったので、デザイン事務所だというのを内緒にしていたからだ。

1年半ほどでそのワンルームマンションから晴れてテナントビルに移ることとなった。そのビルの1階には画材店、ランチに困ることはないほど周りには飲食店もある。大阪、神戸へのアクセスも地下鉄の駅まで徒歩1分。
周りには広告代理店や新聞社もあるので仕事が舞い込むかもしれない。

そんな状況で独立3年目がスタートした。

つづく

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26年が過ぎ、27年目が始まる 3 

会社を辞めて半年もたたない24歳の若僧においそれと部屋を貸してくれるほど世の中は甘くない。
ここでも母親の保証人という手を使わざるをえなかった。

なんとか審査をかいくぐって借りることができたのは富小路押小路上ルのワンルームマンションだった。8畳1間にトイレとバスはセパレート。家賃は5万3千円だった。
毎月の家賃と近いうちに合流する2名のスタッフの給料を払っていけるだけの売上ができるのかどうか、それだけがこの頃の私の最大のストレスだった。

引越には会社時代の後輩が手を貸してくれた。
電話やFAX、コピーなどのセッティングができたらそれなりに事務所らしくなった。最初はひとりなのでそれほど狭くは感じない。
この事務所に毎日家から当時の愛車ベスパで通う。
4月に引っ越して間無しの頃、よる遅くまで仕事をしていてちょっと仮眠と思ったが、寝転ぶところがフロアに直接だったことと毛布も何もない状態だったので、あまりに寒く、キッチンマットと玄関マットにくるまっていたのを覚えている。

幸い順調に売上も増え、いよいよ2名のスタッフが合流した。
世の中バブルの上り坂を一気に駆け上がっている頃だったので、特にアパレル関係の仕事が柱になっていた。
偶然同じような織ネーム会社をやめたという中学時代の友人と再会してクライアントを紹介してもらったり、これまた織ネーム会社にたまたま就職した大学時代の友人から依頼があったり、この当時のうちの事務所は織ネーム会社からの注文がかなりの割合を占めていた。ほどなく業界最大手の織ネーム会社からも依頼が来るようになったので、織ネーム会社を通じてアパレルの仕事をすることが多くなっていた。

同じ頃、現在でもいろいろとお世話になっている業界最大手の手芸メーカー様ともこの頃から仕事をさせていただくようになっている。

この当時のうちの事務所の販売品目は
●グラフィックデザイン
●イラストレーション
●アパレル副資材企画デザイン
●アパレル二次加工企画デザイン
と、こんなかんじであった。

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