FC2ブログ

もう一度美大生に 

美大

先日、二男の個展を見がてら富山大学文化芸術学部の学園祭を見てきた。
美大の文化祭というものに久しく足を運んでいなかったので、少々期待に胸を躍らせていた。

富山大学文化芸術学部にはいろいろな手続きで何度かキャンパス内に入ったことはあったが、用を足せばハイさよなら的なものばかりだったので、今回のように校舎の内部にまで入ったのは初めてだ。

美大というのは、どこでも決まった匂いがある。
私がいた嵯峨の美大も独特の匂いがあった。
しかもそれは専攻によって違っている。使う道具や材料が違うからだ。
どこの美大も同じだが、デザイン科はあまりいい匂いではない。現在ではデザイン科のほとんどがデジタルによる作業なので、コンピューターの暑苦しい匂いがするのだろうが、私が通っていた30年も前は、当然ではあるがすべてアナログ。ましてや私が専攻していたインテリアデザイン科などは、店舗や住宅の模型を作るための接着剤の匂いが充満していたし、ビジュアルデザイン科などはエアブラシで散布されたインクの匂いが鼻をついたものだった。
その点洋画や日本画、陶芸、立体造形、染織といった専攻は今もあまり変わらない匂いがする。
特に私は高校時代、無謀にも一時期洋画家を志したこともあるので、油絵の具の匂いが好きだ。
陶芸科の実習室もあの土の匂いや釉薬の匂いがなかなか心地よい。

今回二男の個展を見に行くに当たり、学園祭を隅々まで廻ってみたが、そこここでその懐かしい匂いがした。
学生たちがごく当たり前のように実習室で自分の作品を作ったり、友人たちと談笑する日常がそこにはあって、いずれ卒業を迎えて社会に出て行く期待と不安を必死で押し殺しながらも楽しい日々を送っている空間の匂いだ。

今更私には社会に出て行く不安や過度の期待はないので、この空間はただ単に心地よいだけであるし、純粋にそろばんをはじかなくてもよい好き勝手な作品に集中するということができるなら、どんなに幸せなことだろう。

息子は二人とも美術の高校から美大に進学し、来春卒業する長男はさらにその延長線上の仕事に就く。
二男もそれなりに美大生としての創作活動や勉強に没頭しているようだ。

我が子ながらその二人が本当にうらやましい。

私はその頃公立の4年制美大を目指していたので、当時の共通1次試験の足きりをクリアするために普通科の高校に行った。
中学校の美術の先生は美術系の高校を薦めてくれたが、その足きりをクリアするためにわざわざ普通科へいった。
そして高校に入学と同時に美大受験の準備にかかり、デッサンでは誰にも負けない自信を得た。
あとは、問題の共通1次さえクリアすればいいと思っていた。
ところが人生というものはなかなか計算通りに行かないもので、高校3年の夏、親父が他界した。
もともとそれほど勤勉な父親ではなかったが、やはり一家の大黒柱がなくなると経済的な問題は深刻で、私も4年生大学などとうてい無理な状況となった。
それでも、美術やデザインの世界への夢を捨てきれなかった私は、なんとかいくつもアルバイトをしながら短大ではあるが美大を卒業し、この世界にたどり着いた。

そういう学生時代であったので結局美術やデザインの勉強はたった2年間しかできなかった。
その点、息子たちは高校と大学を合わせて7年間もデザインの勉強をしているので、やはり何かデザインというものに向き合う姿勢が私とは違っている。
どうしても私は「生活のため、お金儲けのため」にデザインをしているのに対し、彼らは純粋に自分の作りたいものや作っていて楽しい作品、自分を表現するための作品に意識が向いている。

それが最もうらやましい。

私は来年50歳になる。
デザイナーとしての寿命があと何年残っているかわからないが、自分自身でもうそろそろデザイナーとしての終わりが近いと悟るときが来たら、そのときこそ自分自身が本当に作りたいものや、作っていて楽しいものを探してみようと思う。
遅まきながら、今見た学生たちと同じように、いや、もっと楽しいそうにそういうものを探してみようと思う。

今度こそ油絵か?
それとも今度は陶芸か?
家具や食器、雑貨を作るのも楽しそうだ・・・・。

少なくともあと10年や15年は先のこととなるだろうし、今からじっくりと楽しみを暖めていようか・・・。

本当は普段のデザインという仕事の中でそういうものを見つけるべきだとは思うのだが、なかなか凡人の域を出ない私には到底できそうもないのである。

関連記事

FC2 Blog Ranking

Comments

Comment Post















管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks

Trackback URL
http://kdf.blog113.fc2.com/tb.php/469-8be10227