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25周年目突入前に回想 1 

ソワクレール伊吹

初めて借りたオフィス。24歳の4月に借りた。
とはいってもごく普通のワンルームマンション。家賃は5万2千円で8畳の一般的な間取りだ。
この部屋を借りる前は自宅の自分の部屋が事務所だった。
6畳の和室にベッド、デスク、本棚、ステレオ、そしてなんとコピー機まであった。
狭いに決まっている。ましてや独立したのは12月1日だったのでストーブも必要だった。
もちろんその当時は電話もダイヤル式の黒電話、ファックスや留守番電話さえない。しかも、自分の部屋にはなく(自宅なので当然か)だいたいおきまりの玄関、下駄箱の上に鎮座していた。
電話が鳴ると2階から駆け下りてきて受話器を取るのだ。
自分が在宅の時はまだ何とかそれでもやっていけるが、大阪や神戸への出張は独立当初からあったので、半日も外出するとまったく連絡が取れない。
その当時は家に祖母がいたので一応電話番を頼むのだけれど、だいたいがすかたんなことを聞いているので当てにできない。

これでは商売にならんと、一念発起してこの部屋を借りた。そして留守番電話やファックスもつけた。
ただ、この時やっぱり世間というのは厳しいものだなとつくづく感じた。
私自身は立派に独立しているつもりでも、世間から見ればプータローと何ら変わりいはない。会社にも属さず、
収入の保証もない、職業はと聞けばフリーのデザイナーだという。
こんなやつに簡単に部屋を貸すほど世間は甘くなかったのである。
幸い、当時はまだ母親が現役で働いていたので、保証人になってもらい、なんとか契約をクリアした。

ソワクレール伊吹

ただ、一番の問題は、この部屋は当然のことながら住居専用である。
しかし、私はここで仕事をするのだ。
そのことをまったく隠すと嘘つきになってしまうので、「私はフリーのデザイナーですから、部屋で仕事をすることがあります。」と、ものすごく曖昧な表現を使っていた。

この当時から369は私の縁起担ぎであったので、部屋も303を選んだ。
5階建てのエレベーターもないワンフロアに4部屋の小さいマンションだったので306や603といった部屋は存在しなかったので303にしたのだ。

引っ越しは現在私のfacebookの友達の中にいる千野君が車を出して手伝ってくれた。

ソワクレール伊吹

なぜか内部はこんなピンぼけ写真しか残っていない。
机の横の本棚が写っているが、安物のカラーボックスを積み重ねたものと学生時代から使っていたスチールの棚が一つ。並んでいる本といってもほとんどがファイルでデザインの資料などほんの数冊しかない。
私は今、人よりたくさん本を買っていると思う。
それは、会社勤めの頃と独立して間無しのこの頃のコンプレックスから来ているのかもしれない。
だから今ではスタッフから「○○の本が欲しい」というリクエストがある場合は、まず拒むことはない。
会社に本を買ってもらえないデザイナーの気持ちが痛いほどわかるからだ。

最初はいった当時は備品もほとんどなかったので、ちょっと仮眠をしようと思っても、枕や布団は当然無い。仕方がないのでキッチンマットを敷いてスリッパを枕に寝ようとしたことがある。ただ、それではあまりに寒かったのでコートを布団のようにかぶってしばらく辛抱していたが、耐えきれずに自宅へ帰ったこともあった。
なぜか、そういうつらかったことは鮮明に覚えている。

ここへは自宅から当時の愛車ネイビーのベスパで通った。
信じてもらえないかもしれないが、今ほどコンビニもなかったので昼食は決まって近くのうどん屋かラーメン屋だ。うどん屋の方はなかなかおいしい店だったが、ラーメン屋の方はまったくだめな店だった。

結局この部屋にはたった1年半しかいなかった。
徐々に私がここを事務所代わりにしていることがばれだしたことと、スタッフが3人になってあまりにも狭くなったからだ。

ちょうどそのときにいつも仕入れていた画材店の地下のテナントが空いているので入らないか、という話が来た。
今度は地下1階地上7階建ての立派なオフィスビルだ。
ただ、そういうビルは普通、保証金というものが何百万も必要なので最初躊躇したが、その画材店の計らいで保証金無しの家賃15万という破格の条件で入ることができた。
約3倍の家賃になるが他に選択肢はなかったので、思い切って引っ越すことにしたのだ。

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