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人を育てるということ 

人を育てるというのはどういうことだろう。
会社やスポーツの世界、技術職などで人材育成の難しさを指摘していることをよく見かける。
様々な教育機関が行うセミナーをはじめ、商工会議所や行政が主催する勉強会なども盛んだ。
確かに企業にとって人材育成というのは、ある意味死活問題なので無視するわけにはいかないのは理解できるが、なぜか私は昔から「人を育てる」という言葉があまり好きではない。

「人を育てる」とか「人材育成」という言葉は、「育てている」と自負している立場からの見方であって「育っていく」方の立場ではない。
「むかし、私は彼を育ててやった」とか「苦労したが、彼をようやく一人前に育てることができた」というようなことはよく耳にするが、逆に「私を育ててくれたのは○○さんです」とか「やっと一人前に育ててもらいました」というのはあまり聞かない。

確かに育った方は、育てたと思っている人から何かしら勉強になるようなことを参考にしたり、吸収はしたけれど、だからといって「育ててやった」という風には言われたくないだろう。

私自身もお世話になったり、勉強させていただいた諸先輩はたくさんいるが、育ててもらったという印象を持つ人はいない。

うちの事務所にも若いスタッフが何名かいるが、はたしてそのスタッフたちは私に育ててもらっていると思うのだろうか。

だいたい「育てる」というのはどういうことだろう。
ここはこうして、次はこうして、こういうときはこうして、と手取り足取り伝授することだろうか。
マニュアルを渡して勉強させ、たまには試験なんかを実施することで進化させようとすることだろうか。

もちろんそれも方法の一つだと思うし、否定するわけではないが、
私が考える「人材育成」というのは
「人が育つ環境を整えてやること」ではないかと思っている。

ああしろ、こうしろと言ったところで、できないものはできないし、やらないやつはやらない。
それよりもやりたいと思ったやつがぐんぐん伸びていく条件を整え、環境を作ってやることで、そいつを活性化させてやることが大事なのではないかと思う。

せっかくそういう環境を作っても、やらないやつは何を言っても無駄だし、やろうとするやつは何も言わなくても自分からどんどんやっていくはずだ。

たとえば、うちのようにデザイン事務所の場合、コンピューター関連のハードやソフトの環境を整えたり、資料となるサンプルや書籍を豊富にそろえたり、限度を超えた残業をなくしたり、女性の場合は結婚や出産後の仕事人としてのビジョンを描けるようにしてやったりするのはもちろんのこと、同じ社内に尊敬できる先輩がいたり、思いを共有できるクライアントがあったり、やってみたいと思える仕事を集めることも大事だ。

そして何よりも何よりも重要なことは、「うちの社長は誰よりもがんばって仕事をしているし、仕事もすごいな〜〜」とスタッフたちに思わせることだ。

つまり、それこそが最も私が理想とする「人材育成方法」ではないかと思うようになった。

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