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26年が過ぎ、27年目が始まる 3 

会社を辞めて半年もたたない24歳の若僧においそれと部屋を貸してくれるほど世の中は甘くない。
ここでも母親の保証人という手を使わざるをえなかった。

なんとか審査をかいくぐって借りることができたのは富小路押小路上ルのワンルームマンションだった。8畳1間にトイレとバスはセパレート。家賃は5万3千円だった。
毎月の家賃と近いうちに合流する2名のスタッフの給料を払っていけるだけの売上ができるのかどうか、それだけがこの頃の私の最大のストレスだった。

引越には会社時代の後輩が手を貸してくれた。
電話やFAX、コピーなどのセッティングができたらそれなりに事務所らしくなった。最初はひとりなのでそれほど狭くは感じない。
この事務所に毎日家から当時の愛車ベスパで通う。
4月に引っ越して間無しの頃、よる遅くまで仕事をしていてちょっと仮眠と思ったが、寝転ぶところがフロアに直接だったことと毛布も何もない状態だったので、あまりに寒く、キッチンマットと玄関マットにくるまっていたのを覚えている。

幸い順調に売上も増え、いよいよ2名のスタッフが合流した。
世の中バブルの上り坂を一気に駆け上がっている頃だったので、特にアパレル関係の仕事が柱になっていた。
偶然同じような織ネーム会社をやめたという中学時代の友人と再会してクライアントを紹介してもらったり、これまた織ネーム会社にたまたま就職した大学時代の友人から依頼があったり、この当時のうちの事務所は織ネーム会社からの注文がかなりの割合を占めていた。ほどなく業界最大手の織ネーム会社からも依頼が来るようになったので、織ネーム会社を通じてアパレルの仕事をすることが多くなっていた。

同じ頃、現在でもいろいろとお世話になっている業界最大手の手芸メーカー様ともこの頃から仕事をさせていただくようになっている。

この当時のうちの事務所の販売品目は
●グラフィックデザイン
●イラストレーション
●アパレル副資材企画デザイン
●アパレル二次加工企画デザイン
と、こんなかんじであった。

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