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インフルエンザ診察顛末記 

何年かぶりに風邪をひいたと思い、近所の医院に駆け込んだのは火曜の朝だった。
実は前日の午後から、急にのどが怪しくなってきたのでこれはいかんと思い、市販の風邪薬を飲んでマスクをしていた。
うちの事務所は1つの部屋で8人が仕事をしているので、誰かが風邪でもひこうモノなら必ず他の誰かにうつしてしまうということになるからだ。案の定、もう一人のスタッフも冷えピタにマスクという状態だった。

その火曜の朝、念のために医者に行こうと前日から決めていた私は、朝食後体温計で熱を測ってみると36.4°。熱はない。ただ、私の平熱は35度台の前半なので、普段よりは1度も高い。だから、世間では熱がない範囲でも、私にとっては微熱以上の感覚だ。

その体温は医者の待合室で測らされたときも同じだった。
「このオッさんは50にもなって、熱もないのに医者に来てるのか」と、受付のナースに思われるのは嫌だが、かといって「平熱が35度台の前半なので」と言い訳じみたことを言いながら体温計を返しに行くのはもっと嫌だ。
そこは極めて平静を装って置いてある雑誌に目を通していた。

それにしてもここの医者ははやっている。私のようにマスクをした女性や、リハビリだけに通う老人、薬だけをもらいに来る初老の男性など、ひっきりなしにやってくる。

ようやく私の番が回ってきて名前が呼ばれた。
ここの医者はいつも肩こりや男性更年期障害の薬をたまにもらいに来るので、女医さんとも面識はある。
「今日はどうされました?」とおきまりの質問に「どうも風邪のようで」と軽く返し、上着を脱いだ。
「どんなかんじですか?」と聞かれ「熱はないのですが」と念を押し、「のどが痛いです。」と答えた。
口の中の様子を見られ、おきまりの聴診器。
「念のためにインフルエンザのチェックもしておきますね」といわれたが、「熱のないインフルエンザはないでしょ」という気持ちだった。もちろん言葉にはしていない。

インフルエンザのチェックというのがどんなモノか知らなかった私は、試験紙みたいなモノをぺろっとなめたりするのかなと思っていた。ところがこれが大違い。そんなに生易しいモノではなかったのだ。
「お鼻の中をくしゅくしゅっとしますので、ちょっと辛抱してくださいね」といわれたので「ふうん」と思っていたところ、おもむろに細い綿棒を取り出し、一気に私の鼻の穴へ。
「えっ!」と思った瞬間には右の鼻の穴の奥まで綿棒を突っ込まれていた。
途端に右目から涙がボロボロ。
さらに間髪を入れず左の鼻の穴にも。

何という早業。
「ハイ、終わりました。後ろにティッシュがありマース。」と軽快にいわれたが、両目から涙がボロボロ落ちる。
50のオッさんが人前でこんなにボロボロ泣くことはそうそうない。
その横でその綿棒をなにやら小さな計測器のようなモノにあてがっている女医とナース。
「ああ、A型ですねえ」と少し得意そうな表情でナースが言った。
「あまり濃くでてないですけど、予防接種させてるんですか?」とたたみかける。
「いえ、してません。」と泣きながら言う私。

そのあとインフルエンザ用の投薬をしてもらうために別室へと連れて行かれた。注射の覚悟くらいはもちろんできていたが、まだ自分がインフルエンザだという実感が乏しかった。と、言うかまだ50のオッさんの涙が止まらない。

近頃のインフルエンザの薬というのは目薬のような容器に入っていた。それを4個渡される。そして吸引のしかたの説明を受ける。そのあと注意事項の書いた小さいパンフレットを渡され、大事なところだけ念押しの説明がある。
そこにはこんな説明もあった。
「この薬はタミフルではありませんが、インフルエンザに対して即効性があります。まれに、走り出したり、飛び降りたりしたい衝動に駆られることがあり得ますので十分に注意してください。」
それを見て、正直ちょっとワクワクした。
「走り出したり、飛び降りたりしたい衝動って、どんな感じだろう・・・・」と思った。
幸い私が寝ている部屋は1階なので、走り出したり、飛び降りたりしても大したケガではない。そんな気分にちょっとなってみたいモノだと、思ってしまった。

投薬を終え、待合室で薬を待っている間も相変わらず涙は止まらない。きっと今この待合室に入ってきた人は「このオッさん、ええ年して何を泣いとんねん」と、思うに違いない。
ただ、ようやく冷静さを取り戻してきた私は、今日から4、5日の間出社できない事実に途方に暮れ始めていた。

薬をもらって医院を出、早速事務所に電話。
医院から家までの重い道のりをとぼとぼと歩くしかない私であった。

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